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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)149号 判決

原告 駒場トシ子

被告 地方公務員災害補償基金東京都支部長

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告の昭和五〇年六月三〇日付通勤災害認定請求について被告が同年八月一九日付でした「通勤災害非該当」の認定はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は昭和五〇年六月三〇日付で被告に対し、地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づき、原告が治療継続中の「変形性脊椎症」が通勤災害であるとの認定申請をしたところ、被告は同年八月一九日付で原告に対し、「通勤災害非該当」の認定をした(以下「本件認定」という。)。

2  しかしながら右認定申請にかかる変形性脊椎症は、昭和四九年一月二一日午後五時三〇分ころ退勤途上の原告が東京都台東区寿二丁目九番一一号先道路において凍結した路面で滑り、転倒して臀部及び腰部を打撲した災害(以下「本件災害」という。)に起因するものである。

被告は、原告が〈1〉昭和四八年三月一四日以降、右肩、右肘、右腕関節の痛みのため多発性関節炎及び変形性脊椎症との診断名で治療を継続していたこと、〈2〉昭和四九年一月三〇日居住アパートの階段から滑り落ちて腰部を打ち、その後腰部の激痛を訴えて治療を受けていることを理由として通勤災害非該当と認定したのであるが、〈1〉については仮にそのような疾病が存在していたとしてもそれらの既往の疾病はすでに軽快又は消退の状態にあつたところ、本件災害後腰部の疼痛が増悪し、両下肢の麻痺症状を併発し、尿も失禁する状態となり、医学上の検査の結果「変形性脊椎症」と診断されたのであり、また〈2〉については原告がアパートの階段から滑り落ちたことはあるが、これは左大腿部を少し打撲し、数回湿布等の処置が施された程度にすぎない。原告は右症病名で昭和四九年三月一一日から東京警察病院に入院し、約一か年間治療を受けた後昭和五〇年三月二四日から現在に至るまで同病院多摩分室及びその他の病院でリハビリテーシヨンの施療中である。

以上の症状の推移からすれば本件災害と変形性脊椎症との間に因果関係が存在していることが明らかであり、本件認定は事実誤認の違法がある。

3  原告は本件認定に不服として昭和五〇年一〇月二〇日付で地方公務員災害補償基金(以下「基金」という。)東京支部審査会に審査請求をしたところ、同支部審査会は昭和五四年一月二三日付で右審査請求を棄却する旨の裁決をし、原告は同年二月三日右裁決書の交付を受けた。

4  よつて、原告は被告に対し、違法な本件認定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

地公災法によれば基金の従たる事務所の長(支部長)が行なう補償に関する決定に対し不服がある場合は、先ず基金支部審査会に対し審査請求を行ない、同審査会の裁決に不服があれば、さらに基金審査会に再審査請求をすることとなつている(同法第五一条第二項)。そして同法は司法審査との関係では審査請求前置主義を採用しているところ、支部長のした補償に関する決定の取消しの訴えを提起するには基金審査会に再審査請求をし、これに対する同審査会の裁決を経なければならないことは同法第五六条の規定の文理から明らかである。

しかるに原告は基金の支部長がした処分である本件認定につき基金支部審査会の裁決は受けているが、これに対しては再審査請求をした事実がなく、行政不服審査法第五三条所定の再審査請求期間も徒過している。

また行政事件訴訟法第八条第二項の定める事実もない。

以上の次第で、本件訴えは訴訟要件を具備しない不適法な訴えである。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  原告が基金支部審査会の裁決について基金審査会に再審査請求をした事実がなく、従つて本件につき同審査会の裁決を経ていないことは認めるが、その余の主張は争う。

2  地公災法第五六条の不服申立ての前置は、当該行政処分についての基金支部審査会への審査請求とこれに対する同審査会の裁決があれば足りるのであつて、必ずしも基金審査会への再審査請求とこれに対する同審査会の裁決の前置を要件としてはいないものというべきである。

(一) 地公災法に規定する基金審査会による審査手続は必ずしも二審構造を採用していない。同法第五一条第一項は基金が行なう補償に関する決定に不服がある者は審査会に対して審査請求ができると規定し、これに対する不服申立ての制度はない。この場合は明らかに一審構造である。また同条第二項は基金の従たる事務所の長が行なう補償に関する決定に不服がある者は、審査会に対して再審査請求をすることができると規定し、二重の不服申立ての制度をとつており、この場合は二審構造といえる。しかしこのことから直ちに司法審査による救済を求めるための要件として二重の裁決を経なければならないとの解釈は導き出せない。

(二) 地公災法第五三条、第五五条によれば、審査会、支部審査会はいずれも学識経験者等によつて構成された準司法機関の性格を有する行政審判機関であり、いずれの審査会が行なう裁決(同法第五一条第二項は支部審査会については「決定」というが、同条第四項及び行政不服審査法第四〇条によれば、その性質は裁決である。)もその内容において同質であり、支部審査会に対する審査請求はそれ自体同法第五一条第一項の審査会に対する審査請求と同性質の内容をもつ審査請求である。行政事件訴訟法第八条第一項但書による裁決前置主義は同項本文の選択主義の例外であるから、司法審査による国民の権利の迅速な救済を阻害しないよう解釈すべきものであつて、右のような場合にまで二段階の不服申立てとこれに対する裁決を前置しなければならない合理性はない。

(三) そうすると審査会への再審査請求はあくまで不服申立者の権利であつて、司法審査による救済を求めることに関する義務ではあり得ない。仮に不服申立者が権利として再審査請求を行なつた場合には、これに対する審査会の裁決を経なければ行政処分取消請求ができないというだけのことである。

(四) 以上のような見地に立つならば、地公災法第五六条は「同法第五一条第二項に規定する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求又は(「及び」と規定されていないことに注意すべきである。)再審査請求に対するいずれかの審査会

(支部審査会を含む)の裁決(決定を含む)を経れば提起できる。」と解釈するのが合理的である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

1  本件訴えは、地方公務員の災害補償に関し基金の従たる事務所の長である被告が行なつた決定(「通勤災害非該当」との本件認定)につき、地公災法第五一条第二項所定の基金支部審査会の裁決を経たうえその取消しを求めるというのであり、本件訴えの提起にあたり原告が基金審査会に対し再審査請求をしておらず、従つて同審査会の裁決を経ていないことは当事者間に争いがない。

2  行政処分の取消訴訟を提起する前提として審査請求とこれに対する裁決を経ることを要するか、仮に要するとしても数段階の審査手続がある場合にどの段階までの裁決を要するかは適用される特別法の定めによるものとされているところ(行政事件訴訟法第八条第一項但書)、地公災法は地方公務員の公務上の災害又は通勤による災害の補償に関する決定に対する不服申立方法として、該決定を〈1〉基金が行なつた場合と〈2〉基金の従たる事務所の長が行なつた場合とに分け(以下前者を「〈1〉の場合」と、後者を「〈2〉の場合」と呼ぶこととする。)、〈1〉の場合は基金審査会に対して審査請求をすることができるものとし(同法第五一条第一項)、〈2〉の場合は基金支部審査会に対して審査請求をし、同審査会の決定に不服がある者は、さらに基金審査会に対し再審査請求をすることができるものとし(同法第五一条第二項)たうえ、以上の不服申立てと訴訟との関係につき「第五一条第一項又は第二項に規定する処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求又は再審請求に対する審査会の裁決を経た後でなければ、提起することができない。」と規定している(同法第五六条)。

そこで右規定の趣旨が、〈2〉の場合に二段階の裁決を要するとした趣旨か否かについて考えると、第五六条中の「審査請求又は再審請求」の「又は」は同条冒頭の「第五一条第一項又は第二項」の「又は」と対応しており、従つて右の文言は「第五一条第一項の処分についての審査請求」又は「第二項の処分についての再審査請求」と読むのが正当であるし、右規定中の「審査会」が基金審査会を指していることは第五一条第一、二項の文言により疑問の余地がなく、第五一ないし第五五条の規定を一読すれば地公災法は「審査会」と「支部審査会」とを明確に区別し、使い分けていることが明らかであるから、第五六条中の「審査会」についてのみ支部審査会を含むと解する余地はない。そうすると第五六条は、補償に関する決定の取消訴訟を提起するには、〈1〉の場合は審査請求、〈2〉の場合は再審査請求に対する基金審査会の裁決を経なければならない旨規定したものと解する外はなく、〈2〉の場合に再審査請求をするには前記のとおり先ず基金支部審査会の決定(行政不服審査法上の用語に従えば原告指摘のとおり「裁決」というべきである。)を経なければならないのであるから、結局この場合は二重の裁決前置が要求されているものと解すべきである。

原告は基金審査会及び基金支部審査会の構成からみていずれの審査会も準司法機関の性質を有しており、従つていずれの審査会が行なう裁決も同質であるから、両審査会の裁決を要件とする合理性はないとし、〈2〉の場合には支部審査会の決定(裁決)を経れば足りると主張する。しかしながらそのような解釈が文理上とることができないことは前記のとおりであるし、地方公務員の災害補償に関する決定につき裁決前置がとられている理由は、右決定が医学上の判断その他専門的な知識を要するものであり、しかも全国各地において大量になされる処分であるところから、補償制度の公正かつ統一的な運用を図ることにあるものと解され、そうすると〈2〉の場合に各地の基金支部審査会でなされる裁決につき、さらに基金審査会の裁決を経ることを要求することは右の目的に添うものであつて、これが不合理であるとの批難は当を得ないものというべく、原告の主張は何ら理由がない。

3  以上のとおりであるから、本件訴えは基金審査会の裁決前置の手続を欠くものであつて、不適法というべきである。

二  よつて、本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 原健三郎 北澤晶)

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